胡乱な物置

自分のため。感想考察とにかく長文書き散らし

生の根源

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華Doll* Anthos*~The Way I Am~KAORU


はじめに

ソロインスト感想記事第2弾。今回は如月薫の「Breathe」について感想を述べていきたい。
前回の理人ソロの感想は以下

skmysn.hatenablog.com

個人的には華ドルに興味を持ったきっかけということもあり、薫くんのことはかなり特別な気持ちで見ている。そもそも土岐隼一さんの声にどうしても抗えないオタクだ。具体的事例をあげていくときりがないが、アーティスト活動されているCDをとりあえず買って聞いている程度には好きである。とにかく、何より、歌がうまい……。ツキプロに始まり各種コンテンツで土岐さんのことをお見かけしては聞いているが、どの曲も安定感があって信頼しかない。華ドルの曲を聞いてみようと思ったきっかけも土岐さんがいるからで、私が2次元アイドルにおいてよく好んでいる王子様のような見た目も好ましかった。華ドルに出会わせてくれてありがとう、薫くん。

ソロシリーズの中でも、私が最もインストを気に入っていると公言しているのが以下に紹介するBreatheだ。何気ない美しい旋律だが、如月薫という人間性とその半生を考えた時、私はそこに物語を感じずにはいられなかった。以下に記すのは私の勝手な印象であり実際にどうかは知らないが、このような印象で聞いている人間も世界の片隅にいるのだと思ってくれると嬉しい。

Breathe

youtu.be

Breathe. ――呼吸すること。

如月薫にとって、人生とはまさしく生きることそのもの……もっと具体的に言えば、呼吸をし続けることであった。目を閉じて眠って、次の日の朝に目を覚ますこと。心臓が動いていること。呼吸をしていること。最低限のように思えるそれこそが、彼が生きてきた半生の奇跡の連続だ。

ソロ特典SS内での言及にくわえコミカライズ薫回で明言されたことだが、薫が長く臥せっていた原因は心臓の病によるものだった。心臓が正しく脈を打つことよりも、自分にとって身近な生きている証は、呼吸することだった。

薫のソロは全体的にどこか冷たい冬を思わせる音をしているという印象を感じたのを覚えている。それは決して厳しい、辛いと思うものではなくて、ただそこにあるものだ。低い温度と冷たい風、長い夜の中にある肺を刺すような空気。それは感じる人間の心象によって何通りにも解釈できるもので、薫からみたその景色は自分の歩いてきた道なのだろう。

全体を通して終始調の明るいテンションで紡がれる和音は美しく、曲そのものからマイナスイオンが出ているような気さえする。流石はマイナスイオン担当の彼の曲と言っても良いかもしれない。どこまでもこの曲には肯定しかないからこそ、優しく胸に響く。

最も注目して聞いているのが、ドラムとベース、主にリズム隊の動きである。この曲において、ベースとドラムの動きは鼓動として捉えるのが私の中で一番自然に聞こえる。

youtu.be

JulietのThinking reed ver.の3:42あたりで、それまで一定だったバスドラムの動きが急に不規則になる。MV上では心電図が走る。Julietのティザービジュアルで薫は静脈と動脈に似た青と赤のリボンが絡み合う場所でそれらを掴んでいる。バスドラムの動きが薫にとって鼓動を示していると想定するのは少なくとも間違いではないだろう。

Breatheに話を戻す。

前奏からAメロの間、バスの動きは8小節ごとの頭に1回鳴るだけだ。これはおそらく、病室のベッドの中で満足に動くこともできずに同じ形に切り取られた空を眺めていた薫の状態を表している。鼓動は静かで、いつ止まるかもわからない。もしかしたら次には鳴らないかもしれない。8小節という間隔の長さはそんな一抹の不安さえ覚える。

Aメロ途中から入るベースの動きがピアノに沿うことで下支えが生まれるが、一定のリズムを保って鳴る秒針に似た音は否応なく彼の時間が過ぎ去っていくことを教えているようだ。医療のもとで生かされている状況と、制限された中での幸せを噛みしめるような音に少しずつ色が乗っていく。治療の影響だろうか。Bメロでは全体的に段階を踏んで状態が徐々に良い方へと向かっていくような明るい音の積み重ねが続く。

そして、サビに入ったところでようやくバスドラムとシンバルが鳴り始める。4つ打ちで力強く鳴るそのサウンドは、種を埋め込んでアイドルとしての道を歩みはじめた薫の鼓動だと考えている。Bメロ終わりから鮮やかに色づいたサウンドは、外の世界を知って輝き始める薫の人生そのものだ。病室の中で、ほとんど人生経験を積めずに生きてきた薫にとって、目に映るもの全てが新鮮に見えたに違いない。

力強く正常に脈打ち続ける鼓動を聞きながら、流れ続ける時間と過ごしてきた過去のフレーズが共に織り交ざったインストの上に薫の優しく透き通った声が乗る。ようやく自分が自由に動けるようになった、その喜びに満ち溢れた音だ。

2番Bメロは曲全体の中でもいっとう好きな部分と明言しよう。ここでは1番と比べてバスとシンバルの動きも加わって音にきらめきと厚みが生まれた。すでに心臓は正常に動いていて、Anthosとしての活動を行っているからだろう。着実に脈打つ鼓動と共に、薫はアイドルとしての人生を歩んでいる。

2番で追加される1:57のシンセの音(これが一番好き)は薫の開花を暗喩しているのではなかろうか。これはどのメンバーにも言えることだが、華が咲いたことで劇的に何かが変わったわけではない。ただ、薫の場合は2巻「Boxed」で理人が言ったとおり、これまでよりもより実感を持ってアイドルとして努力を続けていきたいと思える心情に変化した。

すぐに大きな変化は見られなくても、着実に一歩ずつ成長していく薫の在り方に沿っているように思う。

Cメロで一転して静かに薫の歌を聴かせにくるのは、これからの彼の歩み方を真っ白な世界の中で再構築するためだろうか。間奏から最初の動きが始まり直し、ラスサビへの流れでこれまでの曲の流れを徐々に積み重ね直していく。

そうして再び胸を打つ鼓動は、力強く、高らかだ。

実際、長い入院生活は苦しいことも多かっただろう。人よりも人生経験がまるでないことをコンプレックスに思っていた薫にとって、Anthosに出会うまでの人生は幸せだったが同時にどこか空っぽだった。

自分がなにもないと思い知らされるのは、苦しい。しかし、それすらも胸を満たす一つの息として吸い込んで、これまでの彼の人生全てを飲み込んで前向きに歌うことができる薫は本当に強い。

 

例え命が終わるその瞬間にも、最後には呼吸をするだろう。彼にとってはそれが始まりであり、全ての源だったのだから。

 

おまけ

そもそも何故心臓の病に臥せっていたのに「Breathe」なのか。自分の体であるにも関わらず自由に動くことさえままならなかった薫にとって、意識的に自分ができることが「呼吸すること」だったからなのかと上で書いたし、そう考えてもいるが、ほんのりと考察をする身としてスティーブン・キングの恐怖の四季:冬を思い出さずにはいられなかった。「マンハッタンの奇譚クラブ(原題:A Breathing Method)」、原題をそのまま訳すと「呼吸法」。ある不可思議なクラブで、主人公がクリスマスイブに聞いた神秘的な話からこの名が付けられている。呼吸をし続けることをテーマに語られるクリスマスの奇跡は、生々しく美しい。

ここでの主体はインストの感想であるため具体的な言及はまた別記事にでもするが、もしかしたらこの物語とつながっているかもしれないと考えてみながら聞いてみるのも楽しい。特に歌詞まわりの一致が面白いので、物語と比べるときにはぜひ歌ありの曲を聞くことをおすすめする。